荷物は、すぐにまとまりました。
わたしの部屋にあったものは『差し押さえ』シールはほとんど貼られてなかったけれど、 これからの生活を考えたら、必要最低限のものしか持っていけないことはわかっていたからです。

「みんな、ばらばらになっちゃうなんて、この時は思いもよらなかったのになあ・・・」

5年前のあの日、ママの出発の前に家族3人で撮った写真を見ながら、ベッドに腰を下ろしました。
事故の連絡を受けた時、わたしは最悪の事態しか想像できず、過呼吸になるほど泣き崩れてしまいました。
その時、パパもぼろぼろ涙をこぼしながら、それでも力強く微笑んで言ったのです。

「泣くのはやめよう、シズカ。これじゃまるで、ほんとにママがいなくなっちゃったみたいじゃないか」

そうなんだ。泣いたって何も変わらないし、悪い考えばかりが浮かんできてしまう。
笑顔で、がんばろう。
管理人さんになるんだもの、しっかりしなくちゃ。
真っ赤な目で挨拶なんてしてはダメ・・・

毛布をかぶって、顔を枕にうずめました。
窓の外で続くしとしとという雨音に集中する内に、いつの間にかねむりについていました。



翌朝、雨はすっかり上がって、わたしもいくらか緊張しつつも、気持ちの切り替えはできていました。
ベンゾウさんの迎えの車に乗り込むと、学園に向かって走り出しました。

「女性だからといって大目に見たりはしませんよ、管理人としての仕事はしていただきます」
「もちろんです!わたし、一生懸命がんばります!」
「しかし・・・学生の本分は勉強ということで・・・まぁ、あまり無理はしないように、との理事長のお言葉です」
「!・・・はいっ、ありがとうございます!」

出木杉学園は幼稚舎から大学までの一貫教育を謳い、広大なキャンパス内にすべての校舎、大学院、各種関連施設を備えた、 巨大な学園都市とも言われています。
いずれ通うことになる高等部エリアを中心に一通り案内してもらい、いくつかある食堂のうちのひとつでお昼を済ませると、 改めて自分はとんでもない好条件を出してもらったのだなあと実感しました。
居住エリアには一般学生の寮と、県外からの教員やそのほか職員の住居用の集合団地があり、 そこから少し離れ、ポプラ並木をしばらく進んだ先に、大きく、古びた洋館---わたしたちの目指す、特別寮はありました。

「おっ・・・きい、ですね・・・」
「初代の理事長宅を改造して、創立初期の頃から学生を住まわせていたそうです。 外観は極力手をつけないようにとのご命令ですのでいたんではいますが、中は快適ですよ」

壁にツタがはい、門から館の扉まで続いてるはずの石の道は、ところどころ土に埋もれて見えなくなっていました。
でも広そうだし、ちゃんとお手入れしたらすてきなお庭になりそうだな。
外観をいじるなっていっても・・・まさか住居だった時からこんな草ボーボーだったわけじゃないわよね。
管理人なんだし・・・後で聞いてみよう、と考えてるうちに広めの玄関口にたどりつきました。
ベンゾウさんは、スーツの内ポケットから出した大きな鍵で、入り口の扉を開けました。

「さあ、寮生にあなたをご紹介しましょう」




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