主催席は、フィールド全体をほどよく見渡せる高さに作られた個室でした。 テーブルに用意されたお茶とお菓子のほかに、何でも好きなものを頼みなさいと言われましたが、自分の場違いさに恐縮するばかりです。 大きな一面ガラスの前のソファに腰かけるとちょうど試合が始まったので、しばらくは無言のまま試合の様子を眺めていました。 ただの親善試合という割りに、観客席はそれなりに埋まっています。 応援の音が、うるさくない程度に聞こえていました。 「・・・寮の生活は、その後問題ないかな」 「はい!みなさんよくしてくれますし」 「そうか。とりあえずまだしばらく続けてもらうことになると思う」 理事長さんが表情を変えずにそう言ったので、わたしは思わず質問しました。 「父は、見つかったんですか?」 「いや。残念ながら居所はつかめていない。もしかすると国外に出た可能性が出てきたくらいで」 「国外・・・!?」 「まだ可能性だがね。蒸発前の足取りを追うとどうも・・・彼は、何をやってるんだ?」 と、理事長さんが指差す方に目をやると、こちらに顔を向けたリーニョくんが、自分のチームのゴールポストにつっこんだところでした。 ボールは相手チームのゴール前での奪い合いになっていたところで、仲間に呼びかけられ、リーニョくんは慌てて追いかけて行きます。 ソファの後ろから、ベンゾウさんが答えました。 「ボランチにしては下がり過ぎですね」 「それはあんな風にボールを追わない役なのか?」 「本来は違います。奇抜な戦略を監督が指示していれば別ですが・・・何かに気をとられているようですね」 しばらくリーニョくんが戻る様子を見ながら、わたしは話を続けました。 「・・・外国に逃げてたとしたら・・・その、どうなるんですか、今後」 「そこなんだよ。まあ手間をかけて探すことはできるんだがね、時間はまだかかりそうだってことは知らせておこうと思って」 「父の行動だけでもご迷惑をおかけしてるのに、わたしのことまで気にしてくださって・・・本当にすみません!」 恥ずかしさと申し訳なさから顔を赤くして頭を下げたわたしの肩に、理事長さんがなだめるように優しく手を置いた、その時でした。 観客席から一段と大きな歓声が上がり、アナウンスが相手チームに1点入ったことを告げました。 どうやらオウンゴール、しかもリーニョくんの失点のようです。 わたしがあっけにとられている横で、理事長さんが呆れたようにつぶやきました。 「本当にあれが我が学園の特待生か?これはすごいな」 理事長さんのその言葉には不安を覚えました。 たしか「特待生」というのは、その条件から著しく能力が低下した場合は、資格を剥奪されることもあるはずだからです。 落ち着かない様子だったリーニョくんはその後もミスを重ね、前半戦の途中でベンチに戻されてしまいました。 わたしは思わずうろたえてしまい、普段の彼の練習ぶりや、寮生が今朝話していたようなことをまくしたて、たまたま調子が悪かったのかも、と熱く語りました。 理事長さんは、時折フィールドに目をやりながら、それでもわたしの話に聞き入ってくれているようでした。 結局、試合は最初の1失点のまま終了し、学園チームは負けてしまいました。 「理事長、そろそろ」 「ああ、もう出る。今日は君がいろいろ話してくれたのでずいぶん楽しかったよ。また機会があれば是非」 「あのっ、ありがとうございましたっ」 お2人と廊下で別れると、なんだかドッと疲れが襲い、その場で大きくため息をついてしまいました。 みんなのところに戻りながらも、彼の評価がどうなったかが気になって仕方ありません。 いくらなんでも、今日のアレが原因でリーニョくんが退学、なんてことまではいかないと思うけど。 でも一体本当にどうしたんだろう。おなかでも痛くなっちゃったのかしら。 だとしたら、わたしのお弁当のせい!?どうしよう!それならわたしの責任ですって、ちゃんと理事長さんに言わないと! 「シズカ!おかえりー」 「中途半端な試合で残念だったねー」 「いやーでも確かにメッドの言うとおり珍しいもん見れたじゃねーか、あんなテンパったリーニョ初めて見たよ」 「やっぱノビタつれてくりゃよかったよな!あいつの驚く顔とか見れたかもしれないのに」 思ったより、というかむしろ、みんな心配などせず、おもしろがって笑い話として盛り上がっていました。 「あのっ・・・リーニョくんは!?」 「選手はミーティングなどをしてから出てくるんじゃないですかね」 「大丈夫なんでしょうか?あの、もしかして体調でもよくなかったんじゃ・・・お弁当とか」 「あーないない!オレたちだって食ってんだし」 「でも」 「だいじょーぶだって!早く帰ろーぜ、俺そろそろシェスタしないと」 「エルマタ後半すでにしてたじゃないですか」 みんなは寮に戻ってからも、ノビタさんとドラえもんさんに口々に「今日のありえなかったこと」を興奮気味に報告していました。 夕方になってリーニョくんが帰ってきた時、わたしはお夕飯の準備の手を止めてお出迎えしようとしたのですが、ワンさんに「気にしすぎもよくないですよ」と止められてしまいました。 「でも、もし体調が悪かったんなら、わたしの管理責任だってあります!」 「悪くなかったですって。それに当人が気にしてないのにシズカさんが気に病んでもしょうがないでしょう」 ワンさんが視線を送った先のリビングでは、みんなにからかわれながら、リーニョくんはいつもどおりに楽しそうに笑っていました。 「敵にパスとかしてたよな!あん時の10番の顔マジでうけたー」 「いや交替直前の監督の顔の方がすごかった、なんかもうすごかった」 「で、おまえ結局なんであんなダメダメだったんだよ今日」 「えっとねー、ボクシズカちゃんにいいとこみせたかったの」 「知ってるよ。何それでチカラ入りすぎたってこと?」 「ううん。2かいのおへやいったでしょう?それでーあのひとがシズカちゃんにちゅーしようとしててー」 「はあ!?」 「してませんーーー!!」 びっくりしすぎて思わず大声をあげてしまいました。 ていうか、突然何を言い出すかと思えば!「あのひと」って理事長さんのこと!? あわてるわたしをワンさんが制していると、キッドさんが言いました。 「えーっと、それが見えて、そんで?」 「そのあともずーっとさわったりするからだめーっておもってたらきゅうにボールがきたので」 「してないですよー!誰かと間違えてたんですよそれー!」 「ちょ、落ち着いてくださいシズカさん!」 「それにフェイジョアーダがおいしかったのにそれもあのひとがおしえたんだってゆってたから」 「ああわからん!メッド!通訳!!」 それまでソファでお茶をすすっていたメッドさんにみんなが注目すると、彼はにっこり笑いながら答えました。 「シズカさんがリーニョのために作ってくれたと思っていた料理が実は理事長が教えたものだとわかり、リーニョの中でめばえた嫉妬に似た感情が彼の集中力を奪ったところ、追い討ちをかけるようにシズカさんが主催席に行ってしまったものだから、いよいよわけわからなくなってしまったんじゃないでしょうか」 「まいったな、頭にサッカーしかないガキまで虜にしちゃうのかシズカは」 「すっごいいっぱいびっくりしたからー!」 「あの、でもほんとにちゅう・・・とか、してないですよ!?」 「うん、でもこんどはびっくりしないようにがんばるから、だからまたみにきてね!!」 「えーと・・・はい」 わけがわからないのはわたしの方だとは思いましたが、みんなはメッドさんの説明で納得したようです。 でも・・・わたしが理事長さんに気にかけてもらっていること、みんなもやっぱり不自然に感じているのかな。 今日教えてもらったパパのことだって、もちろんみんなから離れてから話してくれたことはありがたかったけど、ベンゾウさんに報告するときに聞かせてもらえば済む話でもあったわけだし・・・ まあ、いいか。 リーニョくんもいつもどおりの笑顔で会話を続けていたので、ワンさんの言う通り、わたしも気にするのはやめることにしました。 彼の実力は本物なんだし、近いうちにまた試合があれば、理事長さんが観る機会もあると思う。 わたしがあれこれ言い訳を伝えるより、それを見てもらえばいいんだものね。 それよりもわたしは、もうひとつ気がかりなことを思い出していました。 パパ・・・会社も家もなくなるほどの借金をして、海外に逃げるなんて・・・まったく! 連絡がとれたら、絶対に叱ってやるんだから。 |