その日の夜のことです。 お夕飯も済むと、みんなで談話したりテレビを観たり、順番にお風呂に入ってから部屋に戻るのが習慣になっています。 わたしは、キッチンの片付けや明日の準備などをしてから最後に入浴するので、誰もいなくなったリビングを簡単にチェックしてから自室に戻ります。 ちらかった雑誌やお菓子をまとめて、ソファやテーブルの下をのぞいて・・・ 「あ、こんなとこにまで飛んじゃってる」 本棚の横、カーテンの陰になるところに、あの時『噴水』になったカードの1枚があったのです。 不思議な光景だったなあ。 あんな風にすぐに結果がわかる占いも初めて見た。 ・・・・・・。 もう一度あの光景が目に浮かぶと、わたしはどうしても抑えきれず、2階に上がり、ある扉をノックしました。 「あれー?どうしたのー?」 「あっ、リーニョくん。ごめんね、もう寝るところだったよね。えっと・・・メッドさん、は・・・?」 「んー・・・こっちにいないってことはー・・・けん・・・きゅーしつ、かな・・・?」 もう半分以上寝てるような状態で答えた彼に小さく「おやすみ」と告げて、わたしは隣室の『空き部屋』に向かいました。 そこは、メッドさんが機材を持ち込んで研究室として使用しているのです。 ノックをし、「どうぞ」という声を待って中へ入ると、ノビタさんたちの部屋以上に機械や薬品が並んでいました。 その中央から顔を出したメッドさんは、わたしを見て一瞬だけ驚いた表情を浮かべました。 「何か?」 「あ・・・こ、これ、落ちてましたっ!」 「ああ・・・今朝のか、ありがとう。そのへんに置いておいてください」 「おいそがしい、ですか?」 「・・・お話を伺う時間ならありますよ」 「そのう・・・誰が、どこにいるかなんてことも、わかりますか・・・?」 思いきって尋ねてみると、彼は少し考えてから、優しく微笑みました。 そして、側のイスをわたしに勧めながら、静かに言いました。 「名前や、生年月日はわかりますか?」 「はい」 「シズカさんと縁の深い方であれば、そう難しくはないと思うが・・・やってみましょう」 渡されたメモにパパとママの名前と生年月日を書くと、メッドさんはさっきの1枚を加えてカードをきりはじめました。 その間、彼は口の中で何やら小さく唱えていましたが、外国の言葉のようで聞き取れません。 そうして、一山のカードをデスクに置き、1枚ずつめくっては何かの模様のように配置していきます。 やがて手を止めると、少しだけ、ためらうように言いました。 「何か・・・事情があって私に占わせたようだから、ある程度の覚悟はできていると思うが・・・」 「っはい!どんな結果でも、ちゃんと知りたいんです!」 「・・・わかりました。この2人はあなたのご両親、ですね。移動しつづけているようで具体的な場所は特定できなかったけれど、とても離れた、別々の場所にいるようです」 別々に、いる・・・ それを聞いた瞬間、涙が溢れだしたわたしを、メッドさんが申し訳なさそうになだめました。 「大丈夫ですか?下手に偽っても、後からわかれば悲しませるだけだと思ったので・・・」 「当たるんですよね、メッドさんの占い」 「ええ・・・すいません」 「違うの、違うんです。『生きてる』ことは、間違いないんですよね」 「それは、はい。亡くなった方ならこんな結果は出ません」 「よかっ・・・たぁ・・・!」 止まらない涙を拭きながら、わたしは安堵の表情を浮かべました。 強がってはいたけれど、やっぱりママの安否には不安もありました。 でも2人とも、少なくとも生きては、いる。 まったく手がかりがなかったことを思えば、こんなに嬉しいニュースはありません。 後からあとから、涙が止まらずに慌てるわたしの頭を、メッドさんは優しくなでてくれました。 「ごめっ・・・なさい、すぐ、止めますからっ」 「どうぞ気になさらずに。それに、わたしも眼福、です」 「え?」 「シズカさんは、泣きじゃくっていても、綺麗だなあと思ったので」 一瞬、何かの聞き間違いかと顔を上げると、メッドさんの整った笑顔が目前にありました。 そして・・・! 「・・・あのね、あんまりかわいいコが、夜も遅い時間に、しかもお風呂上がりに、異性の部屋に来るもんじゃないですよ」 耳元を、ささやき声と吐息がくすぐりました。 直接触れてはいないのに、つぶやく唇の形さえ感じられるほどに。 突然のことに驚いて言葉を失い、どう対応すればいいのかわからないでいると、彼は静かに立ち上がりました。 「止まりましたね、涙」 「えっ、あ・・・ビックリしすぎたみたい・・・」 「それはよかった。これ以上はまた別の機会にしましょう」 そう言いながら、メッドさんは穏やかに微笑み、手を差し出しました。 なかば強引にうながされて、わたしは研究室の外へ出ました。 彼が「では」と言いつつ扉を閉めかけたところで慌ててそれを制し、小声でお願いをしました。 「あのっ・・・一応、みんなにはないしょ、にしておいてもらえますか?」 「・・・もちろん、占い結果を軽々しく吹聴するなんてことはしません」 「よかった!じゃあ、ふたりだけのヒミツ、ですよ!」 「・・・あなたはもう少し、自分が魅力的だってことを自覚した方がいい」 「え?」 「おやすみなさい」 少し戸惑ったような笑顔を浮かべたまま、そそくさと扉を閉められてしまいました。 何か、困らせてしまったのかしら・・・ こんな遅い時間に変なお願いをしに行って、迷惑だったのかも。 ああ、そうよね。もっと普通の時間にすべきだったな。 でも「また別の機会に」って言ってくれていたから、折を見てまたお願いしてみよう。 きっと・・・パパもママも、生きてる。 それだけで、今は充分。 連絡がつかないのは確かに心配だけど、いつかまた3人で暮らせるよね。 思い切ってメッドさんに見てもらってよかった。 今夜は、久しぶりに心安らかに眠ることができそう・・・ |