「これだけ派手な色にすればなくさないでしょ」 「なくさないけど・・・赤に黄色に緑かよ」 「いいじゃない、情熱の赤! 幸運を呼ぶ黄色! 癒しの緑! あたしのパワーを込めたかんね。 悪運を吸い取って良縁を招くよきっと」 彼女は、朗らかに笑うヒトだった。 でもそのセリフのときだけは、少し寂しそうに笑った。 俺にとっての悪運は、アオイをなくすことだったよ。 他の縁なんていらない。何度後を追うことを考えただろう。 でもアオイが、願ったから。 「わたしの分まで、長生きしてね」 俺は彼女以外のヒトと出会っても、もう意味がないのに。 |
結局子供は村まで俺たちに付いてきたので、 ガイドの少年が村人に話をして、街から警察が呼ばれた。 その間俺は宿で一眠りしていたが、 後から聞くとその子供は遠巻きにずっと宿を眺めていたらしい。 |
村人が食べ物で興味をひいて捕らえると逃げ出そうともしたり、 体中の泥を落とすために水浴びさせるのにも 泣き喚いて一苦労だったそうだ。 そんないきさつをガイドの少年と警察に聞かされ、 それが俺になんの関係があるんだと思ったとき、 |
村の女の人に連れられて、件の子供が部屋に入ってきた。 子供は俺の顔を確認すると同時に、泣きながら抱きついてきた。 |
わけがわからずに戸惑っていると、警察官が言った。 ここ数日で、その子供に該当する捜索願は出されていなかったこと。 村の人々も、近隣住民にも心当たりはなく、 事故や遭難の可能性も低いこと。 街にいけば孤児院などもあるが、ご覧の通り、 俺から引き離すとものすごい勢いで泣きわめくこと。 ごくまれに、育てる環境がなくて 子供をジャングルに捨てに来る人間もいるということ。 そこまできて、自分が 『子を捨てに来てトンズラしようとしてる親』 の疑いをかけられてることに気づいた。 冗談じゃない! 独身の旅行者がどうやって子供を捨てられるんだ! ガイドの少年も、俺は1人で来たと説明してくれてはいたが、 警察官と数人の村人の疑いの目は晴れなかった。 |
なんなんだ一体・・・ そう思いながらふと自分にしがみついてる子供を見下ろすと、 涙でぼろぼろになりながらこっちを見上げていた。 こんなになつかれるようなことはしてないぞ? 数枚のクラッカーよりマシなもんを、村の人はやらなかったのか? なんにせよ大使館に助けを求めればなんとかなるだろうか。 風呂に入れてくれた人が気を利かせたのだろう、 ぼさぼさに伸びた髪の毛が結わかれていた。 女の子だったのか。 クセが強いのか、上の左右と下に一本に分かれた髪はツンと伸びていて、 少し緑がかって見えることもあって、クローバーみたいだな、と思った。 |
ワ タ シ ヲ オ モ イ ダ シ テ |
「花言葉?」 「そう、クローバーの」 「あれじゃないの?『しあわせ』とか」 「それは、四葉でしょ。 ふつうのクローバー、シロツメクサはね、 『わたしをおもいだして』、なんだって」 シロツメクサの原っぱで、まだ元気だったアオイが笑う。 「コイ、なんでも忘れっぽいじゃん。 だから、あたしのこと忘れそうになったら クローバーあげるよ」 |
アオイ。 君を忘れたことなんてない。 たぶん忘れることなんてできない。 他の誰かじゃだめだから、 こんなところまで逃げてきてしまった俺を 叱りにきたのか。 忘れてない。けど、思い出した。 あの時の、ことばのつづき。 「わたしの分まで、長生きしてね。 きっと、あなたの子供に生まれ変わるから」 |
俺は、生まれ変わりなんて信じない。 アオイは、俺のアオイは彼女だけで、 この世でたったひとりだけのひとだったから。 でもこの日、偶然知り合っただけのこの子を、 アオイと結びつけずに考えることがどうしてもできなかった。 大使館で事情を説明し、村人の誤解が解けた後も、 数週間そこにとどまることになった。 妙になついてきた子供に対する情、だけではなかったと思う。 俺も、この子から『何か』を与えられたことに気づいたから。 |