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その日のパン工場も、いつもどおり食輔の口説き文句で始まった。 「いい加減あんなハゲチャビンやめて僕にしません?」 幡子さんは、工場長のためのモーニングコーヒーを注ぎながら、 いつもどおりの返事でかわす。 「知らないの?男性ホルモンが多い人ほど頭髪は薄くなりやすいの。 髭が似合うようになったら出直してきなさいな」 「おはよーございまーす」 餡太郎が、まだ寝ぼけたように目をこすりながらキッチンに入ってくる。 ちょうどそこへ、チズーの散歩から辛雄も帰ってきた。 「幡子さん、チズーの餌もうそろそろなくなんで」 「注文しとくわ。ほら食輔、朝ごはんにするからそこ片付けてよ」 「はいはい・・・」 その日の朝も、いつもどおりだったのだ。 ・・・あの騒ぎが舞い込んでくるまでは。 |
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彼は、とてもイライラしていた。 何故、誰もオレ様の偉大さを認めようとしないのだ・・・ッ? この世界の住人が束になっても、 彼ほどの頭脳に勝る者はいないだろう。 ずば抜けたその知識、それをカタチにする技術、 どれをとっても正に「天才」と呼ぶにふさわしいのは彼である。 しかし。いや・・・だから、というべきか、 彼の理論に賛同する者がこの世界にはいないのだ。 その苛立ちをぶつけるように、黙々と作業を続ける。 そう、理解しようとしないのであれば、させてやればいいのだ・・・ それがたとえ、「悪」と呼ばれる手段であっても・・・ |
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「ねーばいきん、おなかすいた!」 ドッキーナがキンキンと響く声で文句を言った。 『ばいきん』とは、よく言ったもんだ。 誰からも忌み嫌われ、排斥されようとも、決して完全に消えはしない・・・ そうとも、その名は嫌いじゃない。 だがしかし、この悪の天才科学者のオレさまに対して、 そんなナメた口をきけるのも・・・今のうちだと思えよ。 「・・・台所になんかあるだろ・・・勝手に自分で作って食えよ・・・」 「やだ。めんどくさい。焼きたてパンがたーべーたーいー!!」 また何かテレビでやってたか。 面倒くさいのはこっちのセリフだ、生意気な小娘め。 「ねえ!街にイケメンばっかいるパン屋さんがあるんだって!」 ・・・ほう。テレビもたまにはいい情報を流してくれる。 早速このマシーンの性能を試しに行く時がきたようだ・・・フヒ・・・! |
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「待って!」 彼女は大きな声で3人を呼び止めた。 そして、顔を真っ赤にしながら小さく、ゆっくりと言った。 「もう・・・いじわるしないから・・・ あたし・・・も、なかまに・・・いーれて・・・」 彼女なりの精一杯の勇気を振り絞って言ったであろうその言葉に、 餡太郎は無邪気な笑顔で答えた。 「うん!」 |