ノビタさんの言い方には意気消沈したものの、確かに管理人として必要なことだと、寮生のプロフィールファイルを開いてみることにしました。
写真入りで、かなり詳細な情報が記載されています。

それにしても、ここが『特別待遇学生寮』という条件を差し引いても、ずいぶんレアな人たちが集まったものだわ・・・
それぞれの特技が選考においてかなり重要視されたらしいけど、リーニョくんのサッカーやワンさんの拳法はともかく、エルマタさんのマタドールやキッドさんの射撃なんて、どうやって披露したのかしら。
スネオさんは資産家のご家庭で幼い頃から株や経済・経営学に精通していて、タケシくんはもちろんイアンとしての実力があるし、それからニコフくんがあの有名な超演技派俳優だったことにも驚きだし、メッドさんは薬学の特許をとっていて…

「あれ…?」

ファイルの最後は、ノビタさんでした。
それも他のみんなのように数ページに渡る詳細なものではなく、顔写真と名前、学歴や賞罰などのごく簡単なものです。
彼の資料が極端に少ないだけでなく、ドラえもんさんにいたっては資料そのものが見当たりません。
このファイルは入寮初日に渡されてから、管理人室の外に持ち出されてはいないから・・・ファイリングのし忘れでしょうか。
他の資料に混じっていないか探していると、部屋の外からワンさんの声がしました。

「シズカさーん、今日のお夕飯どうしますかー」
「ああっ、もうこんな時間!すいません、すぐ行きます!」
「慌てないでいいですよ、ぼく先にごはんだけ炊いておきますね」
「ありがとうございます!」

ファイルを読んでいるうちに、すっかり日が暮れていました。
急いで片付けて部屋を出ると、ちょうどドラえもんさんが階段を下りてきたところでした。

「あ・・・えと、おかえりなさい!」
「・・・ただいま?」
「すいません、ちょっと読書してたらみなさんが帰ってきた音も聞こえていなくて」

彼は、まったく表情を変えずにこちらを見ていました。
というより、わたしが何か続きを言うのを待っているようでした。
変に言い訳じみたことを言ってしまったので、なんとかたてなおそうと慌てて別の話題を振ることにしました。

「あのっ、ファイルを、みなさんのファイルに目を、通していたんですね、その、寮長さんに指摘されて」
「・・・」
「それでそのう・・・ドラえもんさんの資料が、入ってなかったんです」
「ああ、だってそれ『寮生』のファイルでしょう。僕は寮生じゃなくて、ノビタくんの所有物だから」
「は・・・?」
「前にノビタくんもキミに言っていたけど・・・僕らのことは放っておいてくれないか」

ドラえもんさんはそう言うと、リビングのソファに座っているノビタさんのところへ行ってしまいました。
どうしてこう・・・あの人たちは会話を続けてくれないのかしら・・・
不満のような、いらだちのような気持ちを抱えたままキッチンに行くと、ワンさんの他にリーニョくんがいました。

「遅くなりましたー」
「今夜はタケシとスネオとニコフは仕事らしいです」
「ニコフくんも?あ、もしかして撮影、ですか?」
「ええ、たまにあるんですよ。そしてエルマタのアホは女優さんを見にマネージャーのふりしてついてってます」
「そ、そうですか・・・」
「きょうはボクおてつだいするよ!なんでもするひとだーれだ!こたえ!リーニョ!!」
「リーニョ、とびはねないで」

人数も少ないし、「リーニョくんがお手伝いできるもの」を相談した結果、今夜はハンバーグに決めました。
普段から手伝ってくれるワンさんとは、いつもたわいない話をしながら準備をします。
今日はリーニョくんがしきりに今度の試合のことを話していました。

リーニョくんは小さい頃から神童と呼ばれるほどのサッカー選手で、地元のリーグから高額な移籍金で理事長さんが引き抜いたのだそうです。
・・・そのあたりの詳細な情報もファイルにありました。
彼は小さな孤児院で育ち、彼より下に10人の「弟妹」たちがいて、「お母さん」である院長先生を助けることを条件に、この学園にきたのだ、と。
普段の彼からは想像もつかないような事情に驚きました。
本当は「家族」と暮らしたいだろうな・・・ここにいる間は寂しい思いをしないように、わたしが「お母さん」として支えてあげなくちゃ。

彼がミンチをこねるのに夢中になって会話がやんだ頃、わたしはさっきのドラえもんさんの言葉をふと思い出しました。

「・・・ねえワンさん、『誰かの所有物』って言葉を聞いたら、何を思い浮かべます?」
「所有物?じぶんのもの、ってことじゃないですか?」
「ですよね。もし『わたしはワンさんのもの』って言ったとしたら・・・」
「ふえッ!?え、どうしたんですか急に」

バンバンジーのささみを裂く手を止めてこちらを見たワンさんの顔は、一緒に添えるプチトマトくらいに真っ赤になっていました。
わたしは自分の言葉を思い返して、あわてて言いました。

「あ!いえ!実際そうだとかではなく!たまたま今日、ちょっと耳にして・・・言い回しというか、たとえばどういう対象に言うものかなって思ったので」
「所有物、って単語はあまり人には使わないとは思いますけど、そうですね、たとえば親が子どもを指して言ったり、あとはやっぱり・・・恋人とか?」
「そう、です、よね・・・」

親子か、恋人・・・えっと・・・比喩、でいいのかしら・・・
・・・仮に直接的な意味で後者だったとしてもっ、とりあえず、現状で大きな問題はないんだしっ、他の寮生に悪影響がないんなら、そういうカタチがあってもいいんじゃないかしら!
それにあのファイルは「最低限把握すべき情報」って、ノビタさん言っていたし!
きっと、知らなくていいことなんだ!

なんだか腑に落ちないまま、でも誰かに確かめるのもどうかと思い、「ドラえもんさんのデータ」の件はうやむやにするしかありませんでした。
聞き間違いや勘違いという可能性もあったし、実際ただ仲がいいだけとも思えるのですが、その日の夕食はちょっとお2人の方を見ることがはばかられたのでした・・・


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