ぐるぐると色々な考えが頭の中をめぐっていました。
あまりにも考えることが多すぎて、何を考えればいいのか、まず何をすればいいのか、その判断もできずに、ただ不安だけが増していくばかりでした。

気がつくといつの間にか、駅前の広場までやってきていました。
考えなくちゃ。とにかく落ち着かないと。今わかっていることは、3つ。
パパと連絡がつかないこと。あの家はもう、帰る場所ではなくなってしまったこと。
そして、お財布もケータイも、あの場に置いてきてしまったこと・・・

どんっ。

その時、『考える』ことに集中しすぎて、前から歩いてくる3人組をよけきることができませんでした。
わたしは、あわてて謝りました。

「あ…す、すみません!」
「…っってぇ〜」
「うっわ熊田さんマジだいじょーぶっスか!マジけっこー本気でぶつかられてっじゃないスか!てめ、どこ見て歩ってんだよコラ!」
「すみませんじゃねんだよねーちゃん、熊田さん怒らしたらマジ俺らでも止めらんねーんだぞ!」
「まあ待てお前ら、お姉さんビビっちゃってんじゃねーか」

わたしがぶつかってしまった人が、あとの2人をなだめながら言いました。

「ちょっと痛かったけどな、お姉さんが俺らと遊んでくれんなら、すぐに治ると思うんだ」
「あっ、そうっスよね!マジ熊田さんすげぇ、さりげなさもハンパねえ」
「え・・・ちょ、困りますっ」
「マジめったにないかんね?熊田さんに誘われるとか、マジ自慢じゃね?これ自慢じゃね」

2人の不良さんに左右から腕をつかまれた状態で、どんどん引っ張られていきます。

「ちょ・・・やめ、やめてください!」
「そんなにいやがんなよ、野菜も人も食わず嫌いはよくないぜ、ラッシャイ?」
「やっべ熊田さん、マジ今のたとえカッケーっス」

3人に囲まれ、謝っても離してくれなさそうな雰囲気に、わたしはどうすればいいのかわからなくなりました。
周囲の人々を伺っても、目を合わせないで通り過ぎてゆくばかりです。

「おい姉ちゃんいい加減にしろよ、こちとら何も無理やりさらおうってんじゃねーんだ。あんたがぶつかってきたことをちょっとでもすまないと思ってんなら誠意を見せろっつってんだよ!」
「スゲーよ熊田さんマジスゲー、まるで振り込め詐欺並みの論理展開だよマジパネェ」

いよいよ逃げられないと諦めかけた時でした。
わたしの左手を押さえていた方の人が、突然変なうめき声を上げて崩れ落ちたのです。
続いて、右側のもう1人も、痛みに顔を歪め・・・彼は、誰かに腕をひねりあげられたようでした。
怖くて振り向けずにいると、背後からふわりと甘い、なつかしい香りとともに、優しい声が聞こえました。

「お困りのようなので加勢致しますが、ご迷惑ですか?」

わたしはびっくりしながらも、とにかく首を横に振りました。

助けて!助けて!助けて!

リーダー格の不良さんが、わたしと、腕を取られている不良さんの後方を睨みながら怒鳴りつけました。

「トンガリ!大丈夫か!?・・・てめー、コロスケに何したんだコラァ!」

この頃には、けっこうな人だかりができはじめていました。
不良さんがそれに気づいてひるんだ瞬間、背後の人は静かに後ろ手を取った不良さんのバランスを崩すと、狼狽しているリーダー格の不良さんになかば放りつけるように押し付けました。
2人ともバランスを崩して勢いよく尻餅をつき、周囲もシンと静まりかえりました。
不良さんたちは無言で目くばせすると、倒れたままの仲間を起こし、ぶつぶつと文句を言いながらその場を離れて行ったのです。

あっけに取られて数秒ほど固まってしまっていたらしく、助けてもらったお礼を言おうと振り向いた時には、すでにその人は人だかりの奥へ消えてしまった後でした。

「あのっ、今わたしを助けてくださった方は・・・」

人だかりに向かって問いかけてみましたが、折り悪く雨がパラつき始め、みんな足早にその場を立ち去って行ってしまいました。

ちゃんと、お礼を言いたかったな・・・
それに、あの香り。なんだっけ・・・懐かしくて、こう、あったかくなるような・・・

けれども雨は強さを増して、その香りを思い出す前にわたしの気持ちごと体を重たくしました。
とにかくどうしようもない、いったん帰ろう。
もしかしたらパパが他にも何か残してるかもしれないし、わたし鞄まで置いてきてしまったし、雨が止むまでか、せめて傘だけでも取らせてもらおう。

先のことは一向に考えられなかったけれど、さっきの一件のせいか気持ちはちょっと軽くなっていました。
そうよ、世の中最悪なことばかりじゃない。悪いことがずっと続くわけじゃない。
ひとまず友達に連絡を取ってみて、それから誰かオトナに相談してみよう。




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