その日の放課後は買い物も少なかったのでひとりで帰りました。
提出課題のことなんかを考えながら歩いていると、寮の方から何か言い争うような声が聞こえてきたのです。
見ると、門の前で叫びながら抵抗するタケシくんを、誰かが車に押し込めようとしています!

「ちょ・・・っ、あなた何やってるんですかっ!?」
「シズカ!たすけて!」

慌てて駆けよりながら大声を上げると、その人の手が一瞬ゆるんだようで、その隙にタケシくんがわたしの背後に隠れました。
無言でたたずむその人はかなり大柄な女性で、正直わたしもものすごく怖かったのですが、今にも泣き出しそうに震えているタケシくんを守らなくちゃと、必死に虚勢を張りました。

「こっ、この子に何かご用ですかっ」
「アンタには関係ないから、そこどきな」
「イヤです。それにわたし、タケシくんの保護者みたいなものですからっ」
「保護者ぁ?笑わせるじゃないか、自分だって子どもなのに」
「子どもでもなんでも、誘拐を黙って見逃すわけにはいきません!」

どうしたらいいんだろう。
なんとかしてタケシくんだけでも逃がしたいけど、寮への門をさえぎるように立たれているし、学校に向かって走っても戻る前に追い付かれてしまいそう・・・
車をはさんで距離を離そうと、ジリジリと後ずさりしていると、背後から声がしました。

「・・・何やってんの」
「ノビタさん!」
「こんにちは、タケシのおばさん」
「久しぶりだね。ちょっとこの子に説明してやってくれるかい、なんか誘拐とかバカ息子に吹き込まれてるから」

え?と振り返った時には、タケシくんはノビタさんに羽交い締めにされていました。

状況がいまいち把握できないでいると、そのまま彼らが玄関の方に向かうのでわたしも後を追いました。
リビングに入ると女性はドッカと音をたててソファに座り、ノビタさんはその横にタケシくんを座らせると、自分は隣のソファに腰を下ろしました。

「なんだか怒鳴り過ぎて喉乾いたよ、ちょっとアンタ!お茶かなんかいれてくんないかい」
「えっ・・・あ、ハイ」

4人分のお茶を出すと、女性は続けざまに2杯飲み干してしまい、ノビタさんが無言のまま自分のお茶を差し出すように置いたので、わたしもなんとなく自分の分を彼女の前に置きました。

「・・・紹介します。彼女が理事長推薦で新しく入った管理人の皆本さん。で、こちらはタケシのお母さん」
「おか・・・!?でもタケシくん、お母さんはいないって・・・」
「そんなこと言ったのかいこの子は!」

彼女は、ゴンッと音がはっきり聞こえるほどのゲンコツをタケシくんの頭に落としました。
わたしは慌てて彼を引き寄せようとしましたが、ノビタさんに制され、その場でためらっていました。

「まったく・・・急にもうやめたいだの母ちゃんいないだの、何考えてんだい!」
「どーせいつも仕事仕事でいないよーなもんだろ!」

あ・・・『母ちゃんいない』って、そういう意味・・・

彼の身の上については、ひとまずわたしの勘違いだったのでホッとしました。
そこで、もうひとつの疑問について訊いてみたのです。

「あの・・・タケシくんがやめたいって・・・まさか学校を?」
「ちがうよ!学校じゃない、ここでみんなともっといたいから、仕事をやめたいって言ったんだ」
「タケシが歌わないでいられるとは思えないな」
「うっ・・・だから、その・・・せめてあのカッコだけでもって・・・」
「バカな子だね、あの恰好だって契約のうちなんだよ?」
「でもかぁちゃん」

タケシくんとおばさんの声はだんだんと大きくなり、わたしはあたふたとなだめようとしていました。
タケシくんはうっすら涙目になりながら反論していましたが、しばらく口論が続くとおばさんが迫力満点に怒鳴りつけたのです。

「いい加減にしな!アンタのわがままだけでやめられるようなもんじゃないんだよ、G・Y・イアンは!」
「うあ!言っちゃダメ!!」
「ええええ!?」

彼女の発言に思わず声をあげました。
タケシくんはおばさんの口を押さえようとしましたが、手が届きませんでした。

「・・・なんだい、この子には言ってなかったのかい」
「え・・・あの、今の」
「タケシが寮生に頼んでたんですよ、彼女には黙っていてほしいって。ところが昨日、たまたま彼女が『イアンのファン』とわかったんです。たぶん、それで急にやめたくなったんだろ?タケシ」

わたしには内緒に?ああ、昨日のワンさんのおかしな態度は、そういうことか。
でもそれじゃあ、わたしってば本人に「いい曲だから聴いてみて」とか言ってたんだ・・・!
ていうか、イアンがタケシくん!?たしかに、言われて見ればどこか雰囲気はあるけど、え、でも・・・

本当に驚いてしまい、いろいろなことが頭をめぐって、困惑していました。
おばさんとノビタさんが無言でいると、タケシくんが小さな声で答えたのです。

「・・・だって、シズカは優しくて男らしい人がすきだってゆったんだ」
「あれは・・・!そのっ、そういう意味じゃぁ・・・」
「だからこんななよなよしたかっこで、ふわふわしたうたばっかうたってちゃだめだと思って」
「彼女はそのふわふわしたののファンだろう」

タケシくんは今にも泣き出しそうに床をにらみつけています。
どうしようか考えていると、ノビタさんと目が合い、彼は小さく肩をすくめました。
おばさんが無言のまま、あきれたように大きくため息をついたとき、わたしも深く息を吸い、タケシくんの前にしゃがんで彼を見上げるようにして言いました。

「ね、タケシくん。ノビタさんの言うとおり、わたしはイアンのふんわりした音楽が好きよ。それに包み込んでくれるような歌声も。でもそれは、タケシくんにとっての表現のひとつであって、それがタケシくんのすべてじゃないでしょう?イアンだったことには確かに驚いたけど、だからってタケシくんがなよなよしてるだなんて思わないもの」
「でも、いっつも女みたいなかっこさせられてるじゃん・・・」
「曲に合わせて中性的なイメージにしてるだけでしょ?イメージ重視のファンもいるかもしれないけど、それを差し引いてもタケシくんの才能はすごいよ!これからだってもっと進化していくと思う。だから、お願い。やめるなんて言わないで。イアンの音楽をもっと聴きたいと思うし、そう思ってるファンは世界中にいるよ」

・・・・・・・・・・・・。
しばらく沈黙が続きました。
タケシくんはそでで顔をごしごししてから、おばさんに「かおだけ洗ってくる」と告げて、部屋を出て行きました。
それは、とにかく今回は、おばさんと『仕事場へ行く』という意味だとわかりました。
ほぅっと安堵のため息をつくと、おばさんがにこやかに言いました。

「説得してくれてありがとうよ。あの頑固坊主、あんたみたいな『保護者』ができて強気に出たくなったんだろうねえ」
「あっ、その、あれはっ・・・本当にすみませんでした・・・」
「あっはっはっは、いいんだよ!ノビタさん、いい管理人さんが入ったね!」
「ええ。押しの強さはおばさんといい勝負ですよ」
「じゃあ安心してあの子を任せられるよ!はぁっはっはっはっは」

それにしても、ノビタさんがあの場に現れなかったら、どうなっていたことか。
タケシくんたちが出発した後、わたしは改めてノビタさんにお礼を言いました。

「・・・管理人のファイルに、僕らの個人データ入ってるよね。見てないの?」
「個人・・・情報だから、あんまりまじまじ見るのはどうかなって・・・」
「最低限把握すべき情報だから渡してあるんだ。君が読まなくてどうするの。今回だって、タケシのデータにはイアンのことも、家族構成も書いてあったはずだ」
「・・・すみません」
「すぐ目を通しておきなよ。次こんなことがあっても、また僕が通りがかる保証なんてないからね」

うう・・・何もそんなキツく言わなくてもいいじゃない・・・でももっともだから反論できない・・・

ともあれ、こうしてG・Y・イアン引退騒動は幕を閉じたのです。


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