「シズカぁ、これ!これも買って!」
「タケシくんてば、お肉ばっかりじゃダメだよー、お野菜もちゃんと摂らないと、スネオさんやエルマタさんより大きくなるんでしょ?」
「野菜もちゃんと食べるからー!これー食べたいー!!」
「はいはい」

日々のお買い物に便利なスーパーは初等部棟に近く、授業終わりにタイミングが合うことも多いので、よくタケシくんが買い出しに付き添ってくれるようになりました。
荷物はある程度の量を超えると宅配サービスもあるのですが、宅配するほどじゃないけど自分だけで持つには大変な時や、特売品が『お1人様○個』なんてことがたまにあるので助かります。

「シズカ、そっちのもおれ持てるぞ」
「ふふ、重くないから平気。タケシくんこそ、それ大丈夫?」
「こんなん超よゆーだし!」

両手に持った買い物袋をぐっと上に持ち上げ、得意げに笑いました。
小さな体でも男の子なだけあって、重い荷物の方を自分が持つと決めているようです。
寮では最年少ということもあり、特にエルマタさんやキッドさんにからかわれたりしてムキになることもよくありますが、基本的にはとっても親切で素直な男の子です。

「さすが男の子だね!それに優しいし、女の子にもモテるでしょ」
「そんなことねーよっ。・・・シズカは、どういうタイプがすきなんだ?」
「うーん、タケシくんみたいに、男らしくて優しい人はかっこいいよね。おうちでもお母さんのお手伝いとかしてたの?」
「えー母ちゃんなんていねーし」

え・・・
いつもと変わらない調子だったけど、今さらりと重大なことを告白したんじゃ・・・?
わたしが返事をためらっているのに気付いて、タケシくんがあわてて笑顔になりながら言いました。

「あ・・・全然そんなんじゃないよ!おれ、みんなと一緒に暮らせてたのしいし」
「たのしい・・・?」
「う・・・うん、スネオと一緒の部屋ってのも別にそんな悪くもないし、あとノビタは兄ちゃんみたいっていうか心の友ってかんじだし、シズカのごはんもうまいし、みんなといられて超うれしいよ!」

わたしに心配をかけたくないのか、慌てて取り繕うようにまくしたてるタケシくんに、わたしはなんだか胸が締め付けられるような思いがして、思わず彼を抱きしめました。 タケシくんは一瞬驚いて離れようとしましたが、わたしが涙をこらえているのに気づくと大人しくなってつぶやきました。

「・・・なんで泣くんだよ」
「・・・泣いてないよ。ちょっとギュッてしたくなっただけ」
「意味わかんねーし」

ママの事故の知らせを聞いた時、わたしは頭の中が真っ白になった。
何をどう考えたらいいのかも、思考回路が麻痺してしまったみたいにまとまらなかった。
パパが側にいたわたしだってそれほどショックを受けたんだもの。辛くないわけないよね。

「・・・わたしは寮生のみんなのお母さんだからね。好きな時に、いっぱい甘えていいんだよ」
「え?」
「今日はタケシくんの好きなもの作るからね・・・帰ろうか、天気も崩れてきちゃったし」

そういって彼から離れると、ちょうど雨がパラつき始めました。
ぽつぽつと顔やお買い物袋に当たる雨粒が次第に大きくなり、寮に着いた頃には本降りになってしまっていて、わたしたちはすっかりびしょ濡れになってしまいました。


寮に戻って食事の準備をしている間も、どうもあの切なそうな表情が気になって集中できません。
ふと、ワンさんがうどん用の小麦粉をこねながら不思議そうに言いました。

「シズカさん・・・?お鍋、ふきこぼれてますよ」
「ほぇっ!?あぁわゎわ、いっけな・・・」
「あぶ・・・ッ!」

火を止めるために振り返ろうとした時に、ニコフくんが拭いて積み上げていたお皿に肘をぶつけてしまったのです。
あやうく横倒しになるというところで間一髪、床に落ちる前にワンさんがすべて器用にキャッチしてくれました。
慌ててまだグラついている何枚かを両端から押さえ、それらをテーブルに戻し、お鍋の火を止めました。

「大丈夫ですか?なんだかぼーっとしてますね」
「ごめんなさいっ、ちょっと考えごとしていて・・・」
「疲れが出てきたんですよ。あと僕やります」
「いえいえ!本当にもう大丈夫!気をつけますから」

こんなことじゃ管理人失格じゃない。しっかりしなくっちゃ。

自分の頬をパンパンッと叩いて気を引き締めると、作業に戻りました。
ニコフくんは、小麦粉のついてしまったお皿をまた一から熱心に拭き始め、ワンさんはうどんに向かいました。

「この特別寮って、特待生の中でもさらに特殊な人たちが、集まってるんですよね」
「ええ。理事長の気に入った一芸に秀でた者、ですね。シズカさんは管理能力ももちろんですけど、料理だけでも十分な才能ですよね」
「そんな!ワンさんの方が本格的じゃないですか!この間の小籠包、お店で食べたのよりずっとおいしかったですよ?」
「なっ・・・、そん、そんなことないですよっ!わたっ、私はシズカさんの麻婆豆腐に感動しまっ、しましたんデスよ・・・」

ワンさんは顔を真っ赤にしながら、うどんをばったんばったんと調理台に叩きつけます。
褒められるのは本当に苦手なようで、うどんはみるみるうちに足で踏んだようにつるつるのかたまりになっていきました。

「とにかく、みんな理事長さんになんらかの才能を認められてここにいる、ってことですよね。・・・タケシくんもですか?」
「もちろんそ・・・あ、いや・・・そう、というかなんというか・・・」

突然、ワンさんがしどろもどろになりました。
褒められた時の照れ隠しとは違う、気まずさの浮かんだ表情に、わたしはハッと気づきました。

やっぱり、そうなんだ。あんなに小さなうちから特待生なんて不自然な気がしてたの。
タケシくんも、家庭の事情を抱えていて、それを知った理事長さんがわたしの時のように助けてくれたんじゃないかしら。

キッチンカウンターからリビングに視線をやると、タケシくんはスネオさんたちとテレビを観ながら談笑していました。
わたしはふと思い立ち、急いで管理人室からあるCDを持ってくると、みんなが不思議そうに見ている中、それをタケシくんに差し出しました。

「これね、わたしのお気に入りなの。何度も元気を分けてもらったから」
「え・・・?」
「よかったら聞いてみてね」
「何なにー?シズカちゃんのお気に入りって?タケシ、ちょっとかけてみなよ」
「いっ、いいよ別に」

CDを見てタケシくんは少し戸惑ったようでした。
デザインがちょっぴり少女趣味で、かわいらしいボーカルが写っているジャケットが恥ずかしかったのでしょうか。
やや慌てた様子のタケシくんの代わりにケースを受け取って、スネオさんが言いました。

「えーと・・・あれ、これってもしかして・・・」
「知ってますか?G・Y・イアンっていうんです」
「知ってるっていうか・・・あの、国籍、年齢、性別不詳の、奇跡の歌声って言われてる子でしょ。かわいいよねータケシー」
「しっ、知らねえよおれにいわれても!」
「あんまり音楽は聞かないほう?でもこれは一度聞いてみてほしいな」
「・・・こんどきいておく!」
「あっ、タケシくん!?」

タケシくんはスネオさんからケースを奪うと、走って2階に行ってしまいました。
心配になって追いかけようとしたところを引き止められ、さらにソファに座って一部始終を見ていたらしいノビタさんに言われました。

「君はいつも唐突だな・・・張り切るのもいいけど、人によって事情は変わるってことを知っておいたほうがいい」
「え・・・?」
「ノビタ!またそうゆう言い方して・・・大丈夫だよシズカちゃん。ひとりで聴きたいだけじゃないかな」
「でも」

まあまあまあ、と促されてキッチンに戻りました。
わたしは、ノビタさんに言われたことの意味がよくわからないままでしたが、タケシくんもご飯時には降りてきて、その夜はいつも通りに過ぎたのでした。
でも事件は翌日に起こったのです。


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