「やあ、いらっしゃい。新しい生活にはもう慣れたようだね」
「おかげさまで…あの、週間報告に何か問題でも・・・」
「ああ、いやいや。君の働きについてはむしろ感心してるくらいだよ。ベンゾウへの報告も、月一にしてもいいかと検討してるくらいだ。ただ・・・」

ひとまず管理人をやめるような話ではなかったのでほっとため息がもれた瞬間、理事長さんの表情が少し陰りました。
彼は手元の冊子をわたしに見るよう示しながら、言いました。

「こういうものには注意しておいてもらいたくてね」

それは、週刊誌のようでした。
モノクロのページに大きく掲載されているのは、なんとスネオさんとわたしのツーショット写真です!
撮られたのは先日のあのお買い物のときのようですが、記事のタイトルも合わさって、まるで芸能人の熱愛報道のように編集されていました。
一応名前や素性は伏せてあるものの、わたしの目の部分は申し訳程度の線でしか隠されておらず、知り合いが見ればすぐにわかってしまうようなものでした。

「な・・・!これ、違いますっ、あの、これみんなでお買い物行ったんです、ここ、隣にニコフくんがいるはずなのに・・・これもっ・・・こっちにキッドさんが」
「ああ、落ち着いて。もちろん君がここに書かれているような『突然現れてあの王子をモノにした女性』とは思っていないよ。でも事実がどうかは問題ではないんだ。この手の話題は『どう広まるか』が重要でね。ベンゾウ」

理事長さんの合図で、スクリーンに学園の地図が映し出されると、ベンゾウさんが続けました。

「当学園は、その性質も相まって著名人のご子息も多々いらっしゃいます。そのため、構内や寮付近にはこうしたパパラッチ対策もしてあるのですが、あのショッピングモールは一般開放施設のためこの区画は自由に出入りできてしまっているのが現状です」
「曽根川スネオくんはちょっとした有名人でね、こういうネタを狙っている連中がたまに一般客に混じっているんだよ。まあ今回は発行前に気付けてよかったということで、今後は気をつけてくれたまえ」

理事長さんが笑顔でそう告げ、ベンゾウさんが扉を開けて促したので、わたしは一礼だけして部屋を出ました。
こんな・・・こんなことが本当にあるなんて。
驚きが想像の範囲を越えてしまって、何が常識で何が非常識なのかわからなくなってきました。
今後は、って言っていた。今後も、あるのかしら、こういうことが・・・
昼休みが始まったにぎやかなキャンパスを抜けながら悶々と考えていると、教室へ向かう階段でわたしに駆け寄る人影が見えました。

「スネオさん!」
「何かあったの?クラスの子に聞いたらまだ戻ってないって言われたから心配してたんだ」
「ちょっ、ちょっとこっちきてください!」

わたしは慌てて廊下の影にスネオさんを引っ張りました。
ただでさえ目立つ彼と、廊下で立ち話なんてもってのほかです。

「何なに?あ!もしかして僕の気持ちに気づいてくれちゃった!?ケスクテュヴ・・・」
「きゃぁっ、ちーがーいーまーすー!聞いてください!」

抱きつこうとする彼を引きはがし、わたしは理事長室でのことを話しました。
みんなでお買い物に行った時に写真を撮られていたこと、他の人はうまくカットされてまるで恋人のように編集されていたこと、今回は理事長さんのおかげで事なきをえたけれど今後の行動には注意が必要なこと。
状況がわかっているのかいないのか、わたしが話す間も彼は終始にこにこと聞いていました。

「だから、あんな風に待ってたりしたら、また誰に噂されるかわかんないんですよ!・・・て聞いてます?」
「うん。焦ってるシズカちゃんもかわいいね」
「何言ってるんですかもう!冗談だって誰が聞いてるか・・・」
「冗談のつもりはないんだけどなあ。ていうかさ、シズカちゃんはどうなの?」

スネオさんの問いの意味がわからずにきょとんとしていると、彼は少しスネた調子で続けました。

「僕はシズカちゃんとなら間違われたいくらいだよ。でもシズカちゃんが嫌そうだからちょっと傷ついてるんだよね、こんなに力いっぱい拒否されちゃって」
「え・・・あ、ごめんなさい・・・」
「僕そんなにダメかなあ」
「いえ、あの、そういうわけじゃなくて・・・」
「それとも、もう『誤解されたくない誰か』がいるのかなー」

いきなりそう言われ、えっ、と思ううちに顔がほてっていくのを感じました。
必要以上に動揺してしまったらしく、大げさに手を左右に振ると、スネオさんが残念そうに言いました。

「なんだー、もういるんだ」
「いえっ、いません!そんなっ」
「片想い?ならまだ僕にもチャンスはあるよね」
「いませんてば!」
「まあいいや、僕結構気は長い方だし。気が変わったらいつでも言ってね」

そう言うとわたしのほほに触れるか触れないかくらいの軽いキスをして、颯爽とその場を去っていきました。
話が・・・噛み合ってない気がしたけど・・・

それよりも、わたしはさっきの彼の質問で頭をよぎった人のことで、鼓動が速くなっていることに驚いていました。

「『誤解されたくない誰か』がいるのかな」

なんで、どうしてあの一瞬、あの人の顔が浮かんだんだろう。
冷たい態度の中に、本当は優しい部分があることを知っているから・・・?
あの整った顔がほころぶ様や、宝石のような青い瞳が、強く印象に残っていただけだよね。
うん、きっとそう。

まるで自分に言い聞かせるかのようにそうつぶやいてうなづくと、気を取り直して教室に戻ったのでした。


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