学校生活が始まると、毎日はあっという間に流れるようになりました。
寮とはまた別の緊張があったけれど、クラスメイトもみんな親切で気さくな人が多く、特に戸惑うこともなく新しい環境に慣れていくことができました。

「シーズカちゃん」
「あっスネオさん!そっか、今日の美術はお隣クラスと合同でしたっけ・・・て、どうしたんですかそのカッコ」
「僕モデルやるってゆったら演劇部が持ってきてくれたの、似合うでしょー」

確かに、色素の薄い彼の肌と髪には、古代ローマの皇帝風衣装はとてもよく似合っています。
ふと気づくと、数人の女子生徒がきゃあきゃあ言いながら遠巻きに囲んできて、「王子今日も素敵ー」とか「いつものやってー」と言った声がかかりました。
そのうち誰ともなく『スーネっちゃまっ』コールとともに手拍子が起こり、わたしがよくわからないで戸惑っていると、スネオさんが微笑みながら言いました。

「ちょっと、待っててね」

彼は輪の中心に立ち、まるで童話の王子様みたいに一礼してから、バレエのポーズをとりはじめました。
維持するだけでもかなり難しいとわかる体勢からなめらかにジャンプするその姿に、ほぅ・・・っ、というため息が周囲から上がり、うっとりした表情の女子生徒たちそれぞれを見つめるようにゆっくりとターンをすると、最後にもう一度ポーズを決めました。
黄色い歓声とともに拍手があがり、彼はもう一度深々とおじぎをしてから、わたしのほうへ戻ってきました。

「どうだったー?」
「すごくきれいでした!・・・とゆうか『いつも』やってるんですか、こういうの・・・」
「リクエストされるとついね。もちろんシズカちゃんのためならいつでも踊るよ!」
「はぁ、あのじゃあまた今度・・・」

よく見ると、うっとりしている女子生徒の中に美術の先生もいたらしく、彼を囲んだまま授業が始まりました。
2時間授業の後半にもなると、小声で行なっていたやり取りも次第に大きくなり、騒がしくはない程度のおしゃべりの時間になっていました。
しばらくして、近くに座っていたクラスメイトの数人に声をかけられました。

「ねぇねぇ、皆本さん。さっきスネちゃまとお話してたよね?」
「え・・・はい」
「どーいうご関係なの!?スネちゃまってみんなに優しいけど、編入したてのあなたがどうやって仲良くなったの?」
「しかも隣のクラスなのに」
「あたしたちだってめったにおしゃべりなんてできないのにぃ」

ほんとにスネちゃまって呼ばれてたのか・・・と驚きつつ、『関係』の説明を一歩間違えたらとんでもないことになりそうな勢いだな、と感じました。
学園を案内してくれた時にベンゾウさんが言っていたことを思い出します。

「今回の『管理人』待遇は非常に特殊な例のため、あまり口外しないでください。状況が状況ですし、何よりあなたのご家庭の事情まで周囲に知られるのは、あまり印象の良いものでもないでしょうから」

確かに男子寮の管理人をしていることを人に話すのは気が引けました。
そもそも彼女たちが知りたいのはそんなことではなさそうだったので、わたしはベンゾウさんが用意してくれた『回答』をすることにしました。

「編入前に特待生の会合があったんです。その時いろいろと教えていただいたので」
「そうなんだー!」
「いいなー特待生って王子とお近づきになれるんだぁ」

いつの間にか他のグループも加わっています。
まだ描いている生徒もいるため、スネオさんはポーズを取ったままこちらを伺っているようでした。

「あの、なんですか?その『王子』って」
「彼ね、世が世なら一国の皇太子だったはずなの」
「え?フランス貴族出身てだけじゃないの?」
「初等部にいた頃の舞台でやったシンデレラで、主役が霞むほどの『王子』だったからって先輩が言ってたけど」
「違うよー、中等部の時のダンスパーティの衣装が」

・・・いずれにせよ『王子様』、という認識は学生、教師問わず広まっているそうで、個人的に親しい女子はいないこと、うっかりすると学園情報誌にすっぱ抜かれるとまで言われました。

「ちょ、ちょっと待ってください!すっぱ抜かれるって・・・!?」
「スネちゃまがフランス貴族の家系だとかってのは本当で、フランス大使とかのレセプションにもよく出席してるのね」
「であのルックスとオーラでしょ。内外にファンいるから、ちょっと載せても部数上がるんだよね」
「つーか綴じ込みピンナップの時すごかったよね」
「あたしも3冊買ったー」
「うちのママ5冊買ってた!」

・・・なるほど。
ということは寮のみんなと買い出しに行ったりしたのってかなりまずかったんじゃないかしら・・・

「というか、本人がそこにいるんだから断って写真くらい一緒に撮ったらいいんじゃ・・・」
「シーッ、そんなことお願いできるわけないじゃない!」
「他の女子がいる前でそれが許されるのは学園祭と卒業式だけよ」

なんだか厳しいルールがあるようで、わたしはますます今後の振る舞いについて気をつけようと思いました。
そうして女子のグループはスネオさん談義に花が咲いていましたが、授業もそろそろ終わろうかというタイミングで先生がわたしを呼びました。
課題はもう上がってはいたので提出すると、廊下で人が待っていることを告げられました。

「ベンゾウさん!どうされたんですか?」
「理事長がお呼びです。ついてきてください」
「え・・・あのっ」

わたし何かまずいことでもしちゃったのかしら・・・?
無表情のベンゾウさんからは、どんな用件での呼び出しか推し量ることができず、不安を抱えたまま理事長室へと案内されました。



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