みんなが支度をする間にコーヒーを淹れて、3階へ運びました。

ワンさんとニコフくんの部屋を過ぎ、キッドさんとエルマタさんの部屋へ。
エルマタさんはまだ気持ち良さそうに眠っていました。
わたしがサイドテーブルにコーヒーを置いていると、キッドさんはやれやれといった感じで言いました。

「コイツにまでコーヒーなんていれなくていいのに」
「あんまり寝すぎても体にドクなんですよー」
「シズカちゃん、あんまり近寄ると危ないって」

シーツから延びたエルマタさんの腕がわたしの服のスソをつかもうとしたところで、キッドさんの投げ縄に止められたようでした。
彼がシーツごとエルマタさんをてきぱきと縛り上げると、内側からモゴモゴと声が聞こえていました。

「てめ〜キッドォ・・・」
「オレたち買い出し行ってくっから。おめーは縄脱けがんばって、せっかくシズカちゃんがいれてくれたコーヒー、冷める前に味わっとけよ」

そうして、わたしを部屋の外へうながしました。
まったくほんとに、仲がいいんだか悪いんだか、どこまでが冗談なのかよくわからない人たちです。

廊下の奥の部屋へ進み、ドアをノックすると、ドラえもんさんがドアを開けました。

「あ・・・おはようございますっ、コーヒーいかがですか?」
「・・・どうも。ノビタ君、コーヒーだって」
「え?あぁ、ありがとう」

お2人のお部屋は、まるで研究室みたいに色々な器材やコンピュータが並び、ホワイトボードにはびっしりと何かの公式が書かれています。
机の上の分厚い本の山のひとつをドラえもんさんが床に下ろしてくれたので、トレイを置きました。

「あの・・・朝ごはんの材料がもうなくなってしまって・・・」
「ああ、僕らの分は気にしなくていいよ」
「・・・朝の栄養補給は大事ですよ」
「手が空いたら何かつまむよ」
「でもほんとに何もないんです・・・あ、だから今から買い出しに行くんですけど、お2人は何がお好きですか?」

ノビタさんはゆっくりとコーヒーをすすってから言いました。

「僕らに変に気をつかわなくていいよ」
「別に、気をつかっ・・・」
「今までだってみんな好きな時に好きなように食べてたんだし」

わたしの語尾が終わる前にそう言うと、ノビタさんはイスを半周させてパソコンの画面に向き直りました。
わたしは、思わずつかつかと歩みより、彼の回転イスをぐるりと回してわたしと向き合わせました。

「会話はキャッチボールだって教わりませんでした?自分の中だけで解決させても相手にちゃんと伝わってなかったらそれは暴投なんです。160キロ出せる選手だって、一般人相手にそんな球投げませんよね。ノビタさんは頭脳明晰でヒトより判断スピードが速いのかもしれないけど、相手に合わせて取りやすい球を投げてくれてもいいと思いますっ!」

・・・彼の目をまっすぐ見ながらそう言った時、ノビタさんのメガネの奥に初めて驚きの表情が浮かびました。

スネオさんやタケシさんの様子から、悪い人じゃないってことはわかったけれど、でもだとしたらなおさら、この人はこの話し方のせいで人に誤解を与えてると思う。
色んな考えを自分の中でめぐらせているのだろうけど、その結論だけを口に出すからよくわからなくなるのよ。
ちゃんと視線を交わして、物事の途中経過を順序だてて話してくれれば、わたしだって理解できると思うのに。
理解したいと思っている人間に対して説明をしないのは、ただの怠慢だと思うもの。これだけは、譲れない。

しばらく続いた沈黙を破ったのは、なんとドラえもんさんの忍び笑いでした。

「ゥク・・・ックック・・・」
「・・・ドラえもん、笑いすぎだ」
「君のプログラムが正常な証拠だ」

小刻みに肩を揺らすドラえもんさんを見ながら、ノビタさんは少し照れたように小さく咳払いをしてわたしに言いました。

「ご忠告どうもありがとう。以後気をつけることにします」
「はい!じゃあもうひとつ、お昼は何が食べたいですか?」
「ぶはっ」

たまらないといった様子でドラえもんさんが吹き出しました。
わたし普通のこと聞いてるだけなのに・・・笑いのつぼが・・・おかしなヒトだなあ・・・
ドラえもんさんが涙目になりながら笑うのをやや呆れたような表情で見つめながら、ノビタさんが言いました。

「特に好き嫌いはないから、他の奴らの好物から作ってあげて」
「はあ・・・そうします・・・」

人形のように整った形相を盛大に崩しながら笑う彼に驚きつつ部屋を後にしました。
・・・でもなんだか、その時やっとちゃんと受け入れてもらえたような気がしたのです。
よかった。嫌われてるわけではないみたい。
つかみどころのない人たちだけど、もっともっと、あんな笑顔が見たいなあ・・・



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